Eurasian Choko Craft                       


   
                         
                              


 

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context Japanese

今、私の頭の中は文様でいっぱいになっています。葉脈、花脈、樹木の木肌、トンボの羽根、雲、鉱石、ガラスに打ち付ける雨の雫、箪笥やテーブルの木目。外に眼をやれば森の木々までもが文様に見えてしまう。頭の中の文様は、地図となり、川の流れとなり、空気の粒にさえ変身する。頭の中で柱状節理を見上げ、砂丘の風紋に見とれる。時には砂漠に。時には江戸時代の琳派や浮世絵師たちの仕事場に。文様を駆使すれば、居ながらにして世界を旅することもできる。ガレにも会える。その楽しさに心揺さぶられた時から、私の世界は一変しました。

頭の中で渦巻いている文様をなんとか取り出したい。頭の中の、私にだけ見える文様を捉えるには何が最適か。試行錯誤を経て私はCUTTINGによるインプロビゼーションに辿り着きました。

創作の「創」の字は、倉にリットウと書きます。リットウとは刀(やいば)のこと。「創とは、素材に切れ目を入れること」だという説があります。私は、デザインカッターで和紙を切ります。オリジナル文様を切ります。新たなる「創」造を目指して。

ではなぜ「和紙」なのでしょう。一度だけ“和紙でできたコート”を私は羽織ったことがあります。薄めた柿渋で防水を施したブルーグレーの揉み紙。コートに袖を通した瞬間、なんともいえない温かさに包まれた感触を私は一生忘れないでしょう。あまりの軽さに着ていることを忘れてしまいそうな、それでいて、しっかりくるまれているという安心感。一点もので大変高額だったため購入を断念しましたが、和紙がその時から私にとって欠かすことのできない存在となりました。

和紙に触れていると不思議と心が安らぐのです。世事にまみれて心がざわついていても、いつのまにか全く別の次元に行けるのです。私にとって文様が時に時代を、時に地理を超えてしまう力を持っているのと等しい感覚とでも言ったらよいでしょうか。

描いていたのではとても遠い。切るが速い。和紙を染め、和紙を思うがまま切ることで“それ”を具現化する。この独自の技法・表現方法が私のモチーフと考えに一番フィットしているのです。

今から1500年以上前、文様はシルクロードを経由して、ユーラシア大陸の東の果て日本に渡ってきました。仏教美術と共に日本にやってきた文様は、日本独特の気候風土のなかで独自の発展を遂げ、今度はジャポニズムとしてヨーロッパの画家や工芸家たちの心を奪いました。それは今も続いています。今も自国の文化なりにジャポニズムを消化した作風を展開しているアーティストが大勢います。ユーラシア大陸を舞台に繰り広げられてきた文化豊穣の振り子運動を、文様が下支えしてきたことの証です。文様は時代を超えて息づき続ける、ある種の文化大使です。

ユーラシア大陸の東の果てに住む私も、「文様による抽象表現」の一端を担いたい。そんな想いから、この辿り着いた独自の世界を 「Eurasian Choko Craft」と名づけました。

美術史学者の辻惟雄氏は日本美術の特質として「あそび」「かざり」「アニミズム」の3点を挙げています。漢字学者の白川静氏は「あそびは絶対の自由と豊かな創造の世界である」とも述べています。かざること・装飾に対する人間の根源的欲求。文様はその表現手段として深化し続けています。装飾美術を学んだアウグスト・ジャコメッティが色彩溢れる抽象画を描いたと知り、私は静かなる感動を味わいました。

今日も直感が私を動かします。私にだけ見える文様が、抽象表現の世界へといざないます。
「Eurasian Choko Craft」の更なる深化を求めて。



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